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ジャパニーズウイスキーの基準に対する三郎丸蒸留所の方針と提案

2021.02.19

ジャパニーズウイスキーの基準に対する三郎丸蒸留所の方針と提案(pdf版)


ジャパニーズウイスキーの基準に対する三郎丸蒸留所の方針と提案

若鶴酒造(株)三郎丸蒸留所 ブレンダー&マネージャー 稲垣貴彦

2021年2月16日、日本洋酒酒造組合(以下、「組合」という)より「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準」が発表されました。詳細は下記のリンクとなります。
http://www.yoshu.or.jp/statistics_legal/legal/independence.html
三郎丸蒸留所は本基準を遵守し、皆に愛されるウイスキー造りを継続してまいります。今回は発表を受けて、基準が決定した背景なども交え、三郎丸蒸留所として今後のウイスキー造りに関する方針と基準下でのウイスキー造りにおける提案を説明させて頂きます。

若鶴酒造 三郎丸蒸留所について
三郎丸蒸留所を操業する若鶴酒造は、砺波市三郎丸において文久2年(1862年)に創業し、以来1952年から約60年あまりウイスキーを製造してきました。組合にも長年所属しており、かつての地ウイスキーブームの隆盛その後の低迷期、そして現在のジャパニーズウイスキーブームまで様々な浮沈を経験してきました。そんななか三郎丸蒸留所は、2017年に老朽化していた蒸留所をクラウドファンディング等を通じて改修し、皆様から多くの支援を頂き、現在の設備を整え製造に取り組んでいます。

日本のウイスキー産業を発展させていくために
今回、日本のウイスキーの表示を適正化する基準が整備されたことは、日本国内でウイスキー蒸留をおこなっている多くの蒸留所にとって、励みになり喜ばしいことだと思います。一方で日本のウイスキー産業は、そのルーツであるスコットランドのそれに比べ、蒸留所の数が少なく、規模が小さいです。さらには原酒交換の伝統もないことで自社の原酒のみでは十分に製品を造れない蒸留所も少なくないという現実があります。今後、日本のウイスキー産業を、スコッチウイスキー産業のようにブームに左右されず国際的な競争力のあるものに育てていくためには、継続的な発展のための仕組み作りが必要になると考えています。

基準が求められた背景
まず、今回の基準の制定された背景についてはジャパニーズウイスキーの需要の高まりから、輸入原酒のみで構成されるウイスキーや、ウイスキーにあてはまらないカテゴリの製品が、あたかもジャパニーズウイスキーであるかのように販売され、混乱をひきおこしたためであることは周知のことと思います。
具体的には
・外国産ウイスキーを加水またはブレンドのみをおこなった製品
・樽貯蔵した焼酎や泡盛などを用いた製品
・樽貯蔵しない原酒やアルコールをブレンドした製品
などが該当し、国内外の消費者から疑問の声が上がるなど、ジャパニーズウイスキーのブランドを棄損しかねない状況にありました。

基準に対して三郎丸蒸留所としての所感
こうした背景から、組合内において“ジャパニーズウイスキーの表示に関するワーキンググループ(WG)”が発足し、約4年にわたり「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準」の検討が行われ、組合の理事会を経て決定されました。
今回の基準が決定されたことで、海外原酒を使用したものや、麦芽をつかっていない焼酎原酒等はジャパニーズウイスキーの表示が規制されることとなります。冒頭述べましたように、若鶴酒造は組合員として同基準を遵守し、ジャパニーズウイスキーのブランドを確たるものとするべく、また、皆様に愛されるウイスキーを継続的にリリースできるよう、ウイスキー造りを行っていく次第です。


他方で、本基準の運用にあたっては是非積極的に我々クラフトウイスキーメーカーの意見も提案させて頂きたいと希望するものです。
WGのメンバーは、サントリーホールディングス(株)、アサヒビール(株)、麒麟麦酒(株)に加え、本坊酒造(株)、(株)ベンチャーウイスキーら日本のウイスキー産業において大手、あるいは中核的な存在である企業で構成されていました。理事会は同大手ウイスキーメーカー3社の他、宝酒造(株)、合同酒精(株)、本坊酒造(株)等の酒造企業にて構成されています。
基準の運用は我々組合員全体に関わるものであり、また、今後日本のウイスキー業界に参入する企業にも理解と協力を得られるものにすることで業界全体が一丸となって取り組んでいけるものでなくてはなりません。本日はこの場で、三郎丸蒸留所として同基準のもとにジャパニーズウイスキー造りを行う上での提案、自社として取り組むウイスキー造りの方針について以下に2点説明いたします。

日本のウイスキー業界の発展のために重要なこと
まず、これから日本のウイスキー業界が継続して発展していくために重要と考えられることを前置きとして述べさせていただきます。それは多様性です。日本のウイスキー蒸留所は2014年にはたった8か所でしたが、2021年2月現在、34か所と約4倍以上になっています。これは1980年代の地ウイスキーブームに迫る勢いであり、新たに稼働した蒸留所はすべてモルトウイスキーの蒸留所です。これらの新興のクラフトウイスキー蒸留所はおしなべて規模が小さく、日々の仕込みを行うための資金繰りについても苦しい中で、日本から世界に誇れるウイスキーをと、熱意をもってウイスキー製造に取り組んでいます。

提案1:ブレンデッドウイスキー製造のためのグレーンウイスキーの供給の仕組みづくり
しかしながら、小規模蒸留所が抱える大きな問題があります。それはブレンデッドウイスキーの製造です。ブレンデッドウイスキー製造のためにはモルトウイスキーとグレーンウイスキーが必要になります。一般的にグレーンウイスキーの製造に用いられる連続式蒸留機は、大量かつ効率よくアルコールを得ることができるようになっています。しかしながら設備としては非常に膨大な規模と経営資本、及び人員を必要とし、一度稼働すると連続的に仕込みを続ける必要があるなど、大規模集約化した現代においては小規模な生産では採算が成り立たず、競争力のある商品の開発に繋がらない恐れがあります。
弊社でも約20年以上前に連続式蒸留機を稼働させておりましたが、大規模化する時代の流れにおいて24時間3交代でのオペレーター確保や、仕込み規模の問題から維持できず廃止せざるを得ませんでした。同じく過去に連続式蒸留機を稼働させていた地ウイスキー蒸留所もいくつかありましたが、現在はすべて廃止されています。

大規模生産者によって低廉かつ大量に製造されたグレーンウイスキーは、リーズナブルで安定的な品質をもつブレンデッドウイスキーを製造するためにはかかせないものです。現在、モルトウイスキーの市場は拡大傾向にありつつも、依然ブレンデッドウイスキーの売り上げが占める割合は世界のウイスキー市場全体で約90%を占めています。
日本のウイスキーのルーツたるスコットランドにおいては、大規模なグレーンウイスキー蒸留所を稼働させるウイスキーメーカーが数社あります。ここから小規模事業者も含めてグレーンウイスキーが供給されることで、多種多様なブレンデッドウイスキーが生み出されています。また、モルトウイスキーについても同様に供給が行われるなど、まさに騎士道精神のもとで、業界全体としてウイスキー産業を成長させてきた歴史があります。
しかしながら日本においては、グレーンウイスキーは先般の事情から大手メーカーのみにおいて製造され、他社へ供給が行われておりません。そのため、小規模生産者においては国産グレーンウイスキーを用いたくても海外からグレーンウイスキーを輸入し、ブレンドに用いらざるを得ない状況が現実としてあります。現在のウイスキー業界の構造のまま、日本のウイスキーの基準の運用が行われることは、大手製造者のみがジャパニーズブレンデッドウイスキーを独占的に製造・販売できるということに繋がりかねない懸念があります。
そこで日本のウイスキーの多様性を担保するためには、小規模生産者に対してグレーンウイスキーを供給するような仕組みが必要になると考えます。ルールを決めるだけではなく、これを契機に日本のウイスキーを継続的に発展させていくための仕組み作りを業界全体で検討する必要があると考えています。

提案2:原酒交換への取り組みを推進
また魅力あるブレンデッドウイスキーをつくるためには、多様なモルトウイスキーが欠かせません。日本に多くある小規模蒸留所の製造設備はポットスチル一対がほとんどで、幅広い原酒の造り分けが困難な状況にあります。今後、三郎丸蒸留所では積極的に国内蒸留所との原酒交換に取り組んでいきます。日本で唯一、ピーテッドモルトウイスキーのみを仕込む蒸留所として、スモーキーな原酒を供給するとともに、ジャパニーズウイスキーがより魅力あるものとなるよう、日本のウイスキー蒸留所の末席として品質向上に尽力していく所存です。業界においても原酒交換の取り組みを進めることで、多種多様な原酒により今までにない新たな可能性をもったジャパニーズウイスキーを生み出せるのではないでしょうか。

日本のウイスキーは新たなステージに入ったばかりです。芽吹きはじめたばかりの新しいウイスキーの可能性の芽を摘み取らず、助け合いながら業界全体で育てていくこと、そして、新しい風を取り込んで多様性を確保することが未来の日本のウイスキー産業の競争力を育んでいくことにつながると信じています。

(2021/2/19記 稲垣貴彦)

 

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