高岡に培われた伝統技術が
世界初の鋳造製蒸留器を生んだ。

稲垣貴彦(以下稲垣):世界初の鋳造製蒸留器「ZEMON」の開発は、高岡銅器の伝統技術がなければ実現しませんでした。共同開発に取り組んでくださった老子製作所さんは、高岡でもっとも歴史ある銅鋳物メーカーです。
老子祥平さん(以下老子):高岡銅器の歴史は、1611年に加賀藩主前田利長公が高岡市金屋町へ7人の鋳物師を呼び寄せたことから始まります。その鋳物師に私の先祖が師事したのが当社の起源で、創業400年以上ということになります。
稲垣:まさに高岡銅器の歴史とともに歩んでこられた企業ですよね。現在も梵鐘の国内シェアは1位だそうですね。
老子:はい。梵鐘や仏像、銅像など大きな銅器の製造を得意としてきた会社です。ですが、まさかウイスキーの蒸留器をつくることになるとは思いもしませんでしたよ。
稲垣:当時、三郎丸蒸留所の蒸留器は小さなものが1基だけ。それを新しくしようと考えた時、高岡銅器でつくることができないかと思ったんです。大きな鐘をつくる技術があればできるかもしれない、と。
老子:従来の蒸留器は製造に時間がかかりすぎるというお話もありましたね。
稲垣:当時国内で蒸留器を製造できる会社は1社のみ、スコットランドの蒸留器は納品まで3年待ちという状況でした。それまでの蒸留器は銅板を叩いて曲げてつくるので、非常に手間と時間がかかる。高岡の鋳造技術ならその問題もクリアできるのではと考えました。

稲垣:そもそもウイスキーの蒸留器は銅製でなければなりません。それは蒸留時に銅が反応して硫黄化合物を吸収するからですが、従来の鍛造による蒸留器は銅板が薄く、20年30年と使ううちにさらに薄くなってやがて穴が開いてしまう問題もありました。鋳造であれば肉厚の銅を成形することができ、長寿命化も期待できます。
老子:初めてご相談を受けた時は蒸留器が銅製ということも知りませんでしたが、それまでもオーダーメイドの実績は数多くありましたし、サイズ面でも不可能ではないないだろう、やってみたいと思いました。
稲垣:開発に当たっての課題として、まず銅の成分の問題がありましたね。
老子:ええ。鍛造で使用するのは純銅なのですが、鋳造は銅・錫・亜鉛の合金、いわゆる青銅です。組成の違いがあっても蒸留器に求められる効果を出せるのか、実験して確かめる必要がありました。
稲垣:そこでまず2リットルの実験器を造り、青銅製と純銅製、ステンレス製を比較しました。研究機関での評価の結果、硫黄の吸収において青銅製は純銅製と同等かそれ以上の効果を持つことがわかりました。
老子:鋳造は砂で作った型に銅を流し込んで作られるため、表面に細かい凹凸ができます。青銅は純銅に比 べて銅成分が10%ほど少ないのですが、表面の凹凸により反応面積が大きくなったことでその分をカバーしていました。
稲垣:また錫に酒質を柔らかくする効果があることは経験的に知られており、ZEMONではその性質が発揮されることもわかりました。実験は期待以上の結果となりましたね。

稲垣:いざ実機の製作開始となった時、老子さんは大変な苦労をされましたよね。
老子:砂型に銅合金を流し込む方法にもいろいろあるのですが、試行錯誤の連続でした。また砂型の重さはおよそ12トン。その重さの影響が出てしまって、形を矯正したり別の方法を試したりを繰り返しました。
稲垣:ウイスキー蒸留器ならではの難しさもありましたか?
老子:そうですね。たとえば銅像などの美術鋳物なら気にしなくてもいい部分にも配慮が必要でした。もしも蒸留中に弱い部分から破損したら高濃度のアルコールの蒸気が吹き出してしまう恐れもありますから、とにかく丁寧な仕事を徹底しています。
稲垣:食品を扱うということもありますからね。
老子:当然その責任も感じていました。また鋳造では金属の流れをよくしたり削りやすくしたりするために鉛を用いるのが一般的ですが、稲垣さんから鉛の含有量をほとんどゼロにして世界基準をクリアするものにしてほしいという要望があって、それもまた今回の難しさのひとつではありました。
稲垣:鉛の含有について、世界的な基準は日本よりかなり厳しいものです。ZEMONはそのなかでも欧州のもっとも厳しいRoHS2指令をクリアできるものとしています。

老子:結局、ZEMON 2基が完成するまで8か月の期間を要しました。
稲垣:老子さんの諦めない姿勢があったからこそ、完成までたどり着くことができたと思っています。職人の意地を感じました。
老子:仕事を受けた以上は途中で匙をなげるわけにはいきませんからね。初めての製作には時間がかかりましたが、今では4か月で2基をつくることができます。
稲垣:鋳造技術を用いることで、蒸留器の製作期間は従来の半分から1/4程度まで短縮できるようになりました。しかも酒質も寿命もメンテナンス性も優れている。これが地元に培われた伝統技術によって実現したことを誇りに思います。
老子:銅は扱いにくい素材で、大きなものを鋳造で製造するのはさらに難しい。だから鋳造製蒸留器は今まで世界のどこもやらなかったのかもしれません。
稲垣:この技術を自分たちで独占するのではなく、世界に向けて送り出していくことを計画当初から考えていました。高岡の鋳造技術が世界のウイスキー全体に貢献できたら、それはすばらしいことですから。
老子:ZEMONが世界中に広がっていくとしたら、それはとても嬉しいですし、楽しみですね。

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