日本のウイスキー文化を、
より豊かなものに変えていく。

稲垣貴彦(以下稲垣):下野さんと私の共同プロジェクト「T&T TOYAMA」は2019年に活動を開始、2021年には世界初のジャパニーズウイスキーボトラーズ事業をスタートさせました。実は私は、下野さんとの出会いには運命的なものを感じていまして。
下野孔明さん(以下下野):2016年の6月でしたね。私が大阪のウイスキーイベントに出展していて、そこに稲垣さんがお客さんとしてやってきた。
稲垣:当時の私はまだ富山に戻っておらず、ウイスキー事業を立て直そうと考え始めていた頃でした。でも下野さんはそれ以前に、若鶴酒造の蒸留所にいらっしゃっていたんですよね。
下野:その3年ほど前ですね。当時はウイスキー人気が戻ってきた頃で、富山にもウイスキー蒸留所があるということで、テレビ番組の取材でうかがいました。
稲垣:その時の印象はどうでしたか?
下野:今だから率直に言えば「もったいない」ですね。当時の若鶴さんの蒸留所は施設も古いし、セオリーとしては銅製であるべきポットスチルも焼酎用のステンレス製のものを流用していました。その他いろいろと気になるところはあって、ちょっと手を入れたらかなり良くなるのに、もったいないと思わずにはいられませんでした。
稲垣:そうですよね。よくわかります。

下野:それ以来、若鶴酒造さんとつながりを持てないかと考えていたものの機会を得られなかったんですが、3年後に偶然稲垣さんと出会うことができた。確かに運命的かもしれませんね。
稲垣:狭い業界ですからいつかは出会っていたでしょうけど、私にとっては蒸留所の再建を考えていたタイミングで下野さんと出会えたことが大きかったです。
下野:三郎丸蒸留所の立て直しについては、私は何ひとつ口を出していませんよ。私はただ、稲垣さんにウイスキーの世界観をもっと知ってもらいたいと考えただけです。
稲垣:その頃の私はウイスキーのことを何も知らなかったと今はわかります。ウイスキーの味、産業、文化について学ばせてもらいました。特に、2019年に一緒にスコットランドへ行ったのは非常に大きな経験でした。
下野:私は過去数回訪れていましたが、稲垣さんは初めてのスコットランド。蒸留所の見学ではなくて、スコッチウイスキー産業そのものを体験してきましたね。
稲垣:その上で、日本のウイスキーに足りないものは何なのかをふたりで考えました。その時の思いが、今も「T&T TOYAMA」の活動の根幹にありますね。

下野:こと日本のウイスキーにおいては大手メーカーのシェアが圧倒的で、入口から出口まで自己完結で行われています。小規模のクラフト蒸留所は増えているけれど、決して参入しやすい環境とは言えません。それでは日本のウイスキーに多様性は育たず、作り手の利益にも消費者の利益にもなりません。
稲垣:日本のウイスキー産業はスコッチウイスキー産業に比べるとあまりにも未成熟で層が薄いですね。スコットランドのような多様性を持った形で発展させていきたいというのが私たちの思いです。
下野:新しい価値、新しい商品、新しい蒸留所に新しいプレイヤー。それらを増やして、消費者に新たな選択肢を提供していくのが私たちの使命のひとつだと思っています。
稲垣:ボトラーズ事業を開始したのも同じ考えです。小規模な蒸留所が蒸留から熟成、販売や販路開拓まですべてを自社で賄うのは非常に大変です。また蒸留所が事業を開始してから売り上げが出るまでに3年、5年かかるというのもクラフト蒸留所の成立を困難にしています。原酒を買い取り熟成させて販売まで行うボトラーズがあれば、蒸留所はウイスキーづくりに資源を集中投下できて、開設当初のキャッシュの問題も改善します。
下野:その結果、個性豊かな蒸留所とクラフトウイスキーが日本にたくさんできていったらいいと考えています。

稲垣:ジャパニーズウイスキーボトラーズ事業に賛同してくれる方が増え、原酒を提供してくれる蒸留所の輪もどんどん広がっています。
下野:そうですね。今後、ボトラーズとしての仕入先も量も増やして、それを国内や海外へ送り出すことで日本のウイスキーの魅力、それぞれの蒸留所の魅力を伝えていきたいですね。その結果として各蒸留所のオフィシャルボトルも注目されれば、メーカーにとってもボトラーズにとっても大きなメリットになります。
稲垣:将来的にはいろいろな蒸留所の原酒をブレンドして、まったく新しいウイスキーをつくるということもやってみたいですね。そうして日本のウイスキーを多様でおもしろいものにしていけたらと思います。
下野:一方で、かつての若鶴酒造の蒸留所のように「もったいない」と感じる蒸留所に出会うこともあります。いいものをつくりたいという思いはあるのに、ノウハウやコネクションがない。我々はそういった蒸留所のお手伝いもしていきたいと考えています。
稲垣:T&T TOYAMAで提供している蒸留所のコンサルティングでも相談を受けることが増えてきました。これからもいろいろな角度からアプローチして、日本のウイスキー産業をより豊かなものにしていきたいですね。

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