日本初のクラフト蒸留所同士の原酒交換。
互いの個性を活かして新たな魅力を生む。

稲垣貴彦(以下稲垣):三郎丸蒸留所と長濱蒸溜所は、2021年3月に日本初のクラフト蒸留所同士の原酒交換によるブレンデッドウイスキーを発売しました。
伊藤啓氏(以下伊藤):はい。三郎丸蒸留所は「FAR EAST OF PEAT」、長濱蒸溜所は「INAZUMA」をそれぞれ700本限定でリリースしましたね。
稲垣:この背景には当時、日本洋酒酒造組合がジャパニーズウイスキーの表示に関する基準を明確化したことがありました。ただそれ以前から伊藤さんとは、お互いの原酒を交換して日本のウイスキーをより多様なものにしたいという思いをお話していましたね。
伊藤:そうですね。そんなことができたら面白いよね、とやりとりをしていたのがきっかけです。
稲垣:日本のウイスキー蒸留所はどんどん増えていますが、そのほとんどは小規模で、いろいろな原酒をつくるのは難しい。ではどうしたら日本のウイスキーの質をさらに高めていくことができるかと考えて、スコットランドのように原酒交換が活発に行われる文化をつくりたいと思っていました。
伊藤:日本のウイスキー産業は大手メーカーがシェアの大半を占めています。そんな中でクラフト蒸留所がそれぞれの個性を磨いて、さらにそれをブレンドして新しいものを生み出すことができたら、ジャパニーズウイスキーはさらに多様で豊かなものになるでしょうからね。

稲垣:蒸留所それぞれの個性という点が重要ですよね。
伊藤:ええ。日本には清酒にも焼酎にも「桶買い・桶売り」の文化があって、ある製造者がつくったものを別の会社が自社ブランドとして流通させるということが頻繁に行われています。産業としては成立しているけれど、製造者のブランドはまったく育たず、付加価値も生まれません。
伊藤:ウイスキーの原酒交換はそうではなくて、それぞれの蒸留所の個性が前提にあって、その組み合わせで新しい価値が生まれます。三郎丸の「FAR EAST OF PEAT」の抽選販売の時は、長濱蒸溜所に関するクイズを出題するということをやりました。
伊藤:「INAZUMA」のラベルは琵琶湖の形に穴が開いていて、覗くとそこに三郎丸蒸留所が見えるという仕掛けにしました。またコラボ記念の購入者特典として、稲垣さんと長濱蒸溜所ブレンダーの特別対談を配信したりもしましたね。
稲垣:このリリースをきっかけに、三郎丸ファンの方には長濱蒸溜所を、長濱ファンの方には三郎丸を知ってほしいという思いがありました。それは日本のウイスキー文化を豊かにしていくことにつながります。

稲垣:初の「INAZUMA」リリースの反響はいかがでしたか?
伊藤:非常に大きかったです。三郎丸蒸留所の原酒とブレンドした700本、そこに海外産モルト原酒を加えた6000本の2種類をつくったのですが、出荷日にはもう足りないぐらいのオーダーがありました。
稲垣:「FAR EAST OF PEAT」も同様です。
伊藤:SNSでも話題になって、飲んだ感想を上げている方がいたりと、とても面白かったですね。続く2022年、「INAZUMA」として兵庫の江井ヶ嶋蒸留所、三郎丸蒸留所、長濱蒸溜所の原酒をブレンドしたブレンデッドウイスキーをリリースしました。
稲垣:T&T TOYAMA(稲垣貴彦と下野孔明が代表を務める世界初のジャパニーズウイスキーボトラーズ)でも、国内5つの蒸留所の原酒をブレンドした「THE LAST PEACE」をリリースしています。
伊藤:日本のクラフト蒸留所の原酒交換はこれからますます盛んに行われていくだろうと思いますね。私も稲垣さんも「日本初」にこだわったわけではありませんが、最初に三郎丸蒸留所と長濱蒸溜所で一緒にやれたということを非常にうれしく思っています。保守的な人が多い業界で、前向きで行動的な稲垣さんと新しいことができて楽しかったですね。

稲垣:日本のクラフト蒸留所を取り巻く環境はこの10年で激変しました。8つ程度だった蒸留所が100になりそうな勢いです。
伊藤:背景にはジャパニーズウイスキーのブームがあります。わかりやすく言うなら「バブル」の状態です。
稲垣:はい。大切なのはその後に何を残すのかだと思います。今からジャパニーズウイスキーの本当のファンを増やして、日本国内も海外への展開も含めてマーケットを広げる努力をしていかなければいけないと思うんです。
伊藤:そうですね。新規参入のところも含めて、どういう未来を構想して活動しているかということが問われます。生産規模で見れば大手とは比べ物になりませんから、クラフトにはクラフトの未来の描き方があるはずです。
稲垣:今回の原酒交換もそのひとつですね。これまで以上にクラフト蒸留所同士が交流を深めながら、新しいジャパニーズウイスキーの魅力を世界に発信できたらいいですね。
伊藤:ええ。お互い新しいこと、おもしろいことが好きな人間同士、刺激し合いながら日本のクラフトウイスキーを盛り上げていきましょう。
稲垣:はい。今日はお忙しい中ありがとうございました。

Translate
Translate »