「アートディレクターとともに歩む」
三郎丸蒸留所ブランド。

稲垣貴彦(以下稲垣):中山さんは富山県高岡市を拠点に活動されているアートディレクターで、三郎丸蒸留所のロゴマークやウイスキーボトルのラベルなどのデザインに携わっていただいています。
中山真由美さん(以下中山):はい。アートディレクターとして、とてもありがたい機会をいただいていると思っています。稲垣さんと最初にお会いしたのは2016年でしたね。
稲垣:ええ。その年の7月に発売を控えていたシングルモルトウイスキー「三郎丸1960」のロゴとラベルデザインについて、プロのデザイナーに相談したいと考えていました。とはいえ当時の私はデザイナーの方とは会ったこともなくて。富山県総合デザインセンターに紹介を依頼したところ、中山真由美さんという方がいらっしゃると教えてもらったんです。
中山:その日のことはよく覚えています。デザインセンターの方から電話があって、「こういう方が今からそちらに行きます」と。今ですか!?って驚きました(笑)。
稲垣:すみません。若気の至りです。
中山:その後すぐに稲垣さんとスタッフの方々が私の事務所にいらっしゃって、目の前にボトルの試作品がズラッと並びました。
稲垣:はい。試作のボトルをご覧になった時はどう思われましたか?
中山:当時も正直にお伝えしましたが、本当にこれを商品化するのですか?と思いました。この商品に対する稲垣さんの強い思いもうかがっただけに、なおさらこのままではいけないと感じたんです。

稲垣:私も同じ思いでした。蒸留所のある「三郎丸」という地名を軸にシングルモルトのブランドを作り上げていきたい、北陸の匠の技を用いたパッケージにしたいという思いは明確にありました。だからこそ富山ガラスの職人さんにボトルを試作してもらったのですが、それが最初は私の思うようなものではなかった。「作品をつくること」と「デザインすること」はまったく違うのだと知りました。
中山:デザインは自分の作品づくりではなく、問題を解決へ導くものだと思います。稲垣さんが最初にお会いした段階からそのことを理解されていたのはとてもありがたかったですね。
稲垣:いえ、中山さんとの仕事を通じて少しずつデザインを理解してきたというほうが正しいです。それから中山さんは人脈もとても広くて、「これならあの人に」と話が進んでいく。これがアートディレクターなんだなと思いました。三郎丸1960のボトルデザインも金沢のプロダクトデザイナー宮田孝典さんを巻き込んで進めていくことになりましたね。
中山:ええ。その上で富山ガラスの職人の方にボトルを製作していただきました。またラベルには五箇山和紙を使い、「三郎丸」の筆文字は高岡市の書家の黒田昌吾さんに、桐箱は小松市の企業に依頼し、箱を結ぶ真田紐は金沢市の加賀錦袋紐を使用しました。まさに、稲垣さんがよく言われる「オール北陸」です。
稲垣:形のないウイスキーを商品という形にする時に、北陸ならではのあつらえにしたいと思ってきました。この土地に今まで受け継がれてきた伝統を大切にして、その物語とともにウイスキーの歴史をつなげていけたらと考えています。

中山:毎回思うのは、稲垣さんの頭の中にはもうブランドやコンセプトができているんですよね。会話しながらそれを引き出して、稲垣さんが感じていることを具現化するのが私の役割かなと思っています。
稲垣:自分の中にあるものをいつも中山さんが引っ張り出してくれています。だから何か思いついたらすぐに電話してしまう(笑)。
中山:いつも驚かされます。三郎丸シリーズのスタートの時は、いきなりラベルのモチーフを「タロットカードにしたい」って。どうしてそういう発想に?といつも思うのですが、よくよくお話をうかがうと納得できるんです。
稲垣:タロットカードは若き魂(スピリッツ)の旅です。22枚の大アルカナカードは0の愚者から始まり、その若くて向こう見ずな魂がいろいろな経験を重ねて成長していきます。蒸留したウイスキーの熟成前のものは「スピリッツ」、まさに魂です。旅立つ愚者に自分を重ねて、これからの旅と成長していく姿を皆さんに見てもらいたいという思いがありました。
中山:そのお話を聞いてとても腑に落ちました。そして、そこから私のデザインの旅が始まるんです(笑)。
稲垣:私がお伝えしたのは、三郎丸の筆書きのロゴとタロットカードを合わせたいという要望でした。これは苦労されたんじゃないでしょうか。
中山:和のロゴと洋のカードの組み合わせでしたから。それからもうひとつ、タロットカードを使いながら「オール北陸」、地産デザインに適うもの、という点も難題でした。

中山:いろいろと考えたタロットラベルのデザインを稲垣さんにご提案して、一旦は決まりかけたのですが、私自身がどうしても納得できずに「もう少し考えさせてください」と時間をいただくということもありました。さらなる迷路に嵌まり込んで悩んでいる時に浮かんだのが切り絵というアイデア。切り絵についてあれこれと調べてみると、石川県の能登地方には神棚に「宝来」と呼ぶ切り絵を下げる文化がありました。
稲垣:その地域では縁起物だというお話でしたね。
中山:はい。そんなエピソードも含めて、タロットカードを切り絵で、という案をご提案しました。
稲垣:それをうかがって、とてもいいと思いました。
中山:方向性が決まって、次は切り絵作家さん、しかも北陸在住の作家さんを探すという課題にぶつかりました。ネットで調べても見つからず途方に暮れていた時に、たまたま足を運んだクラフトのイベントの展示作品に切り絵を見つけたんです。イベント主催者に「この方を紹介してください!」とお願いして、氷見市の切り絵作家加野由希絵さんと知り合うことができました。
稲垣:中山さんの思いが縁を引き寄せましたね。
中山:諦めなくて本当によかったです。加野さんの作品は日本的な雰囲気を持っていて、それもすごくよかったと思っています。

稲垣:完成した「三郎丸0 THE FOOL」のラベルデザインは非常に好評で大きな反響がありました。私自身もとても気に入って、愚者の切り絵を背中にあしらった蒸留所のユニフォームを作りました。これまた評判がよくて、「欲しい」とか「売ってもらえないか」とよく言われるんですよ。
中山:それは嬉しいですね。ウイスキーって何十年先にも残るものですから、その長い時間も見越してデザインを考えていかなければいけない難しさがあります。だからこそ、そういう商品に携われるのはアートディレクター冥利に尽きます。
稲垣:これまで中山さんと一緒に仕事をしてきて、デザインの力の大きさをあらためて実感しています。いいウイスキーをつくるというのは大前提で、それだけではいけないんです。自分の作るものや考えを誰にどう伝えたいのか。そう考えた時に、デザインの力が必要になってきます。だから私にとっては、中山さんがアートディレクターとして寄り添いながら共に考えてくれることがとても心強いんです。これからも一緒に三郎丸蒸留所を作っていってもらえたらと思います。私に付き合うのは大変なのだろうと思いますが…(笑)。
中山:(笑)ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

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