「木彫刻のまち」井波から、
ミズナラ製熟成樽を届ける。

稲垣貴彦(以下稲垣):富山県南砺市井波地域は、「木彫刻のまち井波」として知られ、日本遺産にも選定されています。
島田優平さん(以下島田):はい。古くから木の文化が根付いた地域です。その起源は、1700年代に瑞泉寺再建のために京都本願寺から派遣された彫刻師・前川三四郎だと言われています。その技術が井波の宮大工たちに伝わり、代々受け継がれてきたというわけです。
稲垣:島田さんも山﨑さんも、この地域で長く木に関わってこられた方です。
島田:当社は井波で林業を営んできました。家業としては私で3代目ですが、遡れば先祖が前川三四郎の時代に木材を手配したという記録も残っています。
山﨑友也さん(以下山﨑):私も井波の大工の家に生まれ、私で3代目です。
稲垣:2018年に、林業の島田木材さん、職人の山﨑工務店さん、そして三郎丸蒸留所による「農工商」連携のプロジェクトとして、富山県産ミズナラのウイスキー樽製造を開始しました。ミズナラと言えば、海外では「ジャパニーズオーク」と呼ばれ、ウイスキー樽の素材としても高い評価を受けています。富山のミズナラを使い、井波の木工技術で樽を作れないかと考えたのですが、その発端には「ナラ枯れ」の問題もありました。

島田:はい。ミズナラは古くから薪炭材として燃料に使われてきましたが、エネルギー転換によって需要が激減して、各地の山でそのまま放置されてきた現状があります。
稲垣:そこに温暖化によってカシノナガキクイムシが北上してきた。この虫が媒介する伝染病はナラ類を枯らしてしまうもので、放置され老齢木となり抵抗力が弱ったミズナラはどんどん枯れていきました。
島田:木材の活用という循環が失われると、山は荒れていきます。新しいサイクルを生み出さなければならないという時に、稲垣さんがウイスキー樽としての有効活用を投げかけてくれました。まったく新しいチャレンジでしたが、木を扱う技術を持つ山﨑さんにも相談して、「やってみよう」ということになりました。
山﨑:当初、島田さんも私もウイスキー樽については素人で完全なゼロスタートでした。でも稲垣さんのネットワークでウイスキーについていろいろと勉強をさせてもらって、すべてを手探りで始めるよりもスムーズに知識を得ることができました。
島田:林業の視点で言えば、昔から樽丸林業と言って、日本酒づくりが盛んな地域では樽の生産で林業が栄えるということがあるんです。でも私にはウイスキー樽という発想はありませんでした。いい気づきとチャンスをもらったと思っています。あと、稲垣さんの言葉で特に印象に残っているのは、「ウイスキー樽は容器ではない」というものですね。
稲垣:ええ。ウイスキーにとって樽は容器ではなく原材料で、樽はウイスキーの味に大きな影響を及ぼします。にもかかわらず、日本にはウイスキー樽を手仕事で作れる職人さんはかなり少なくなってしまいました。
山﨑:大手メーカーの樽工場も見学させてもらいましたが、すべてがオートメーション化されていて、まるで工業製品を作っているみたいだと感じたのも事実です。井波で樽づくりをやるなら、ひとつひとつ職人が手作りする伝統を守りたいと思いました。

稲垣:ミズナラは加工が難しいと言われていますよね。
山﨑:はい。ミズナラは木目が詰まって固く、また道管という穴が多いのが特徴です。漏れやすいという弱点をどう克服するかが、樽づくりでいちばん苦労した点ですね。
島田:山から切り出した木を製材所に持っていき、いちばんいいところを取ってもらっています。それでも樽に適しているか、見た目だけではわからないところもあるんです。
稲垣:もっと言えば、それがおいしいウイスキーになるのかどうかもわかりませんからね。でも庄川水系の水で仕込まれる三郎丸蒸留所のウイスキーと、同じ水を100年近く吸い上げて生きてきた井波の木には、必ず親和性があると考えています。
山﨑:現在はミズナラを使っているのは鏡板部分のみですが、いずれはすべて富山県産ミズナラでできたウイスキー樽を作りたいと思っています。
稲垣:そのためには十分に成長したミズナラが必要ですね。たとえ技術があっても材がなければできません。
島田:100年、200年というスパンで井波の森づくりと樽づくりが融合していったらいいですね。時間が価値になるという点は、ウイスキーと林業の共通項ではないでしょうか。

島田:井波でつくる我々の樽には、井波彫刻の祖である前川三四郎にちなみ、「三四郎樽」という名前を付けました。彫刻がこれまでの井波を形作ってきたように、ウイスキー樽づくりがこれからの井波を支える文化として根付き、広がっていってほしいという願いを込めています。
山﨑:私も、この町に樽職人を増やしていきたいという思いがあります。そのためにはまず自分の技術レベルを上げていかなくてはいけませんね。着実に技術を高めていって、期待に応えられるものを丁寧につくっていきたいと思います。
稲垣:日本国内にも蒸留所がどんどん増えていく中で、海外から安い樽を買って使い捨てにするようなやり方は環境面から見ても厳しくなっていくでしょう。樽を直したり再生したりという樽を大切に長く使う技術が求められるようになって、日本のウイスキー産業にとっても樽工房の果たす役割はますます大きくなってくるのではないかと思います。
島田:その役割を井波のまちが担っていけたら嬉しいですね。

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